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俺TUEEの是非から見る、漫画と小説の違い - 創作ど素人考察

Game,Tale > 考察 2019年6月15日(最終更新:5年前)

どもです。
今回結構書き殴りで口が悪いのでご注意をば。気が向いたら書き直すか消すかします。

ちょっと突如としてネタが湧いたので、異世界トリップ物の漫画を組んでみました。
その話を友人にしたところ、


「異世界トリップの主人公が初めから強いなんて絶対つまらない!
戦闘力は最後まで雑魚でいいし、精神の成長を描くべきだ!」


「主人公が弱いバトル物漫画なんて、それこそ面白くないだろう。
君は少女漫画しか異世界物の引き出しが無いのか?」

と意見の衝突があったのですが、話を聞いてみればその友人の「異世界トリップの引き出し」は「少女漫画(乙女ゲー)」と「なろう系小説」の2種類だったのです。

相違の原因となったのは、彼女が知るのが「なろう系」だからどうとかいう話ではありませんでした。
重要なのは「なろう系」ではなく「小説」だったことです。

ということで異世界トリップの主人公(漂流者)の初期能力値から考える「少年漫画」と「小説」の違いというのが結構面白かったので、備忘的に書いてみた次第です。

バトル物の漫画で「弱い」主人公はご法度!

少年漫画に於いて、本当の意味で「弱い」主人公は滅多にいません。
例えば、有名どころで『NARUTO』。
初期は落ちこぼれという位置づけのナルトですが、彼には多重影分身の術という必殺技があります。
普段は天才のサスケや器用なサクラと比べて「弱い」印象がありますが、ここぞというときに爆発的なパワーを見せ、最後には勝利を飾ります。

これは少年漫画に望まれるものが「友情・努力・勝利」だから―ではなくて。
バトル物である以上、漫画の「華」がバトルにあるためです。
見所で輝けない主人公なんて、そんなものは主人公ではありません。

一方、少年漫画には「超強い」主人公はごろごろしています。
物語開始時点から最強の称号を持っていたり、○年前に突如として姿を消した伝説の戦士だったり、そんな設定は珍しくありません。(大抵はそんな主人公を過去の亡霊が襲ったり、ニューエイジに実力を上回られたりするのですが。)
これは見方を変えれば世間が嫌う「俺TUEE」系といえるでしょう。
しかしバトルシーンで超格好良いアクションをしてくれる彼らは、嫌われません。

要は、その作品の「華」で輝く主人公は好まれ、要らんところでしか輝けない野郎は嫌われるのです。

バトル物の小説、「華」はバトルじゃない!

一方、小説で主人公がやたらと強い作品は、正直言ってあまり面白くありません。
かわいいヒロインが酷い目に遭って、超強い主人公が敵を軽く叩きのめして、ヒロインが主人公に惚れる―なんて、いかにも読み切り漫画でありそうな展開ですが、小説でこれをやられると大体クソです。

理由は簡単。小説という媒体が、戦闘を描くのに向いていないから!

漫画と小説のどちらが1ページに多くの情報を詰め込めるかといえば、実は漫画に軍配が上がるんです。
目線、台詞の間、足運び、目線の向き、指の力の入り具合、歯の食いしばり具合、白目の血走り方、体の捻り、踏み出した力強さ、振り上げた腕の角度、飛び散る汗、その他諸々エトセトラ!
一枚の絵の中に、数コマのコマ割りに、構図に、漫画には数多の情報が詰め込まれています。

この情報量の多さこそが、バトル漫画の「華」がバトルである理由で、
この情報量の少なさが、小説の「華」がバトルにならない理由です。

小説の「華」は、余白です。
文字でしか語れないという不自由さ、情報量の少なさから生まれる情緒、誤解、分からないということ。
こういった静かな重みこそが小説の「華」であるため、書き込みが求められるバトルシーンとはハナから相性が悪い。
(ならば戦闘描写を書き込めば良いのかといえば、それはそれで遅いしくどいのでよろしくない。)

勿論、世にある名作に戦闘描写の素晴らしいものは存在します。
が、そういった作品の戦闘は多対多の戦争であったり、ファンタジーな要素の無いリアルな戦いであることが大半です。特殊能力や必殺技の飛び交う、所謂「バトル物」とはジャンルが異なると思った方が良い。

バトル物の小説にとって、バトルとは「最終的に乗り越えなければならない障害」です。
ここに至るまでの過程こそが小説の「華」で、戦闘はその成果。始まった時点で結果が見えているくらいで良いのです。

故に、チート主人公の小説は面白くないのです。
「華」である過程をすっ飛ばして、映えない戦闘でことを解決しようとするから。
「華」で輝く魅力が主人公にも物語にも存在しないから。

逆に言えば、最強主人公だろうがチート主人公だろうが、物語の肝を戦闘とは無関係の場所に置き、小説という不自由な世界で不自由な情緒を表現できたのなら、それは駄作にはなりません。

漫画と小説では「速度」が違う

もうひとつ。
漫画と小説では物語の展開速度が決定的に異なります。
これは、「読み切り」や「連載」といった、現代では漫画特有となった要素が土台になっているためです。

今どきでは、小説は「1冊」単位で物語を構成するのが普通です。
1冊の中で1回戦闘すれば「バトル物」として成立します。

一方、漫画は「1話」単位で物語を構成します。
連載初期の漫画は1~2・3話の中に起承転結が詰め込まれています。
つまり、ジャンルがバトルなら1~2・3話中に最低1度はバトルシーンが挿入されます。

で、漫画の場合、それだけの頻度で戦闘していることで、とある問題が起きます。

バトルのマンネリ化です。

そのため、多くの少年漫画では、定期的に主人公に新しい力を目覚めさせたり、戦闘以外にも重きを置くことでバトルのない起承転結を成立させたりしようとします。

漫画で「弱い」主人公が避けられる理由の一端がここに見えることでしょう。
何度も何度も戦闘しなきゃならないのに、ちっとも成長しない主人公じゃあ困る。
戦闘の度にうだうだぐだぐだされてもウザい。

一方、「1冊」単位で事が進む小説においては、主人公の成長がゆっくりでもさして問題ないし、主人公の戦闘力が低くても、戦闘に及び腰でも1回/1冊のことなのでウザくない。
むしろ変に強くなられると「華」が腐りかねないので、弱いままの方が助かるともいえます。

この両者の速度差は、求められる主人公像の違いに直結するのです。

書きたい媒体で作品を選べ! 描きたい作品で媒体を選べ!

逆に言えば、ジャンルだけで是非を判断するのは素人以下。
どれだけネタが良くても表現媒体を間違えると駄作。

という自己への戒めで〆ましょう。

ラノベ出身でアニメ化した途端に化けた作品というものはあります。
僕的最強例は『はたらく魔王さま!』。あの最高の導入は小説はおろか漫画でも無理です。アニメでしかできない。アニメになって初めて完成したとすら思う作品です。2期待ってます。

逆に大御所人気ラノベ作家の作品がアニメ化したらクソつまらん、なんてのもあります。誰とは言いませんが。
これは作家様がプロだからにほかなりません。作品のベスト表現媒体が小説なら、漫画よりアニメより原作が面白いのが当然。

自分は何を描きたいのか、自分に何が書けるのか、折衷案を探しても良いけど、どうせなら何でも書けるようになりたい素人ごころ。

余談

「主人公が最後まで弱い」「異世界トリップ物」「バトル描写あり」という条件が成立するジャンルは十中八九「ハーレム」です。

主人公が弱いという事実自体が個性となるため、主人公(または主人公と同時にトリップした数人)以外の「弱い」漂流者はまず存在してはなりません。
物語はそんな弱い主人公に害をなすものと、それを守るもので構成されます。
物語が一辺倒にならないため、短編でないなら主人公を守るものは複数人いることが望まれるでしょう。

まあ、つまり、ハーレムです。女主人公なら逆ハー。つまり乙女ゲー。

でなければ、バトルという行為から遠い世界にすべきです。リアル世界出身の主人公が、読者と一緒に幻想の世界に引き込まれながら、等身大の冒険をする。こういうのは全然アリです。
ただし、こういった世界の場合、「ドワーフは力強いけれど鈍重」「エルフは魔法が使えるけどひ弱」「人間のスペックはリアル世界と同じ」というように、ファンタジー世界の住民の総合点をリアル世界の人間と同等にすべきです。

弱さを個性にすると、主人公を守るハーレムになる。
よってリアル世界の主人公がリアル戦闘力のままでバトル物をするなら、主人公らが弱いことが当たり前であるべきです。
それなら異世界トリップではなく、「強い」異世界の存在をリアル世界に呼んでバトルした方が良いのです。

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